korenannan’s blog

関東地方某県に住んでいます。日々思ったことを書きます。時々放ったらかしにして期間が空くことがあります

9月25日の日記

 ボロボロじゃ。早く気候が安定してほしい。

 

 

 買い出しに行く。今日の脳内BGMは「喜びも悲しみも幾年月」

 

 まさかこんな古い曲を口ずさむようになるとは。

 

 古い曲はリズムが違う。歌詞も古文で習うようなやつ。というのは大袈裟か。

 

 ほんの数十年前の歌なのにもうわからないものが出てきているのはショックだ。

 

 長島の引退セレモニーのスピーチなんて聞いても半分くらいわからないのではないか。

 

 やっぱり古文の素養は大事では。ルーツがわからなくなる。

 

 

 考える。ちょっと前に観た映画のこと。「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

 

 ベトナム帰還兵のかなりショッキングな映画だ。だいぶん考えさせられた。

 

 戦争のこともさっぱりわからない。父はギリギリ戦争世代なのだがほとんど話したことがない。辛いことは話したくないか。

 

 空襲の話はよく聞くが、兵隊が戦場で何をしたかは全く伝わってこない。

 

 被害者として、ではなく加害者として、というか現地で何を見聞きして何をしたのか。

 

 戦争トラウマなんて言葉を最近知った。それは世代を超えて広がるという。

 

 体育会系のノリとか、DVなど。巨人の星的な何かかも。

 

 戦争から帰ってきて、人が変わったようになり嫁や子どもを殴る父親。それが次の世代に引き継がれる。これも文化と言っていいのだろうか。

 

 加害というよりも何をして何を見たのか。それをちゃんと我が事として整理できないと、他人事のようになる。それが文化として次の世代につながると、どこか現実感のない戦争のイメージばかり語られるようになる。乖離、いや回避か。

 

 そういう事なのでないか。

 

 

 なんてことを思った。映画では一瞬だけ沖縄のことが語られた。少しだけでも十分沖縄の大変さが伝わってきた。戦場に向かう兵隊がいる沖縄はある意味目の前で戦争が起きていた。それに巻き込まれる住人たち。

 

 

 などなど。キツすぎるからこれでやめる。気になった方は観てください。本当にトラウマ注意だけど。でも観る価値は確実にある。残酷というか正直すぎる映画。

 

 

 歩く。映画を観てからというもの、かなり暗い気持ちになっていたが、だいぶん気分が持ち直してきた。昼食を取る。

 

 それでかなり回復した。

 

 こういう話題は大事だけど、こういうことばかりを考えていたら潰れてしまう。気分転換も大事。それにご飯が美味しいとか、よく眠れるというほうが、生き物としてはずっと重要だ。

 

 

 気分が戻ってきた。脳内でも「マイアヒ〜」などと流れている。なんだっけこの曲。

 

 これくらい適当で力抜いていきたいんだけど。なかなかそうもいかない。

 

 

 それで喫茶店でこれを書いている。喫茶店は混んでいた。おばちゃんたちが席を占拠していて、空いている席に荷物を置いていた。その席の荷物をどかして座った。いや、一応「ここ、誰かいますか」と聞いたし。

 

 俺もふてぶてしくなったなと思う。おばちゃんの集団に立ち向かうとは。

 

 おばちゃんたちは旦那の介護とか、子どもの話とか延々していた。おばちゃんたちは元気だ。洗濯ですら一苦労だそうだ。

 

 聞いていて自分もそういう話がわかる歳になってきた、としみじみ思った。

 

 自分みたいないい加減な人間がそんな歳になるまで生きられたことが奇跡みたいなものかもしれない。ふとそう思った。

 

 

 目の前では若者がスマホで何か真剣に読んでいる。君はネットがない時代を知っているか、などと心の中で聞いてみた。

 

 ネットのない時代なんて、若者にとっては遥か昔のことか。自分にとっての戦前とか江戸時代の人間みたいなものだろうか。

 

 

 それで、スマホも旧車みたいな古い機種にプレミアが付くようなブームが来るだろうか、と漠然と考えた。

 

 くだらないか。やっぱり自分はこういうくだらないことを一生懸命考える人間なのかもしれない。何の役に立つのかわからないことを考える。

 

 

 さて、買い物をすませよう。今日は結構買うものがある。巡回ルート?を決めて動く。

 

 

 追記:スーパーでフランス人(たぶん)らしい家族連れが、焼き芋の機械の前で焼き芋を手に取って何か話し合っていた。彼らにはこれがどういうふうにうつるのだろうか。

 

 こういうのは和む。けっして話しかけたりしないけれど。ただじっと観察するのが好き。「家政婦は見た」くらいの性格の悪さか?