korenannan’s blog

関東地方某県に住んでいます。日々思ったことを書きます。時々放ったらかしにして期間が空くことがあります

2月6日の日記 選挙で色々思い出して鬱気味。皆にお願い

 暖かい。これから一気に気温が下がって雪が降るらしい。

 

 そういうイベントいらないから。ゲームじゃないし。味付け濃すぎだろ。

 

 とりあえずシャベルは倉庫にあったはず。気にするのはそこくらいだ。

 

 

     夢を見た

 夜。どこかの公園か神社の境内のような広い場所にいる。あたりにはたくさんの人がいる。

 

 白い大きな犬が走り回っている。誰かが相手をしないと思い、自分が犬と遊ぶ。

 

 この犬は選挙の候補者らしい。こいつでいいのか? とも思うし、ちゃんとケアしなければいけないとも思う。

 

 近くの通りでは子どもたちがストリートサッカーをしている。犬はそこもお構いなしに走り回る。(終わり)

 

 

 

    思ったこと

 目が覚める。また変な夢だ。犬のおまわりさんなら知っているが犬の候補者って何だよ。そうか今選挙期間中だった。

 

 選挙のニュースを見るたびに軽く鬱になる。いくら何でもめちゃくちゃすぎないか。言うことが日替わりだ。平気で嘘をつく。しかもそのことを何とも思っていなさそう。

 

 嘘とかそういうのとも違うかも。都合がよさそうな、その場で注目を集められそうなことを言い続ける。できるかどうかや、実際のところどうなのかなんて一切気にしていなさそう。

 

 彼らはアイドルではない。責任を伴う政治家だ。しかも衆議院議員。トップレベルの責任。皆の税金を預かる立場。それが見た目とか雰囲気の話ばかりでは困る。悲しいことにそれを国民もマスコミもチェックできていない。

 

 「また素人がこんなこと言って」みたいに煙たがられるかもしれないが、自分はとある宗教団体の(今話題のあそこではない)2世で、その団体にいる間も、離れてからもかなり苦労をした。そこの記憶。

 

 「おかしいぞ・おかしいな」と思っても、皆忙しいので「まあいいか」となったり、あろうことかおかしいと指摘する人に対して「真面目にやっている人を攻撃するな」というような非難が飛んだりする。

 

 そうこうしているうちに洒落にならない被害が出て人が亡くなったりする。どうすることもできない。それで終わった後で皆で被害者面する。そういうメカニズム。誰が悪いというのでもない。

 

 そういうものを体験して心が壊れた。そういうものは起きてからではどうにもならないので最初の違和感のうちに対策しておかないといけない。

 

 信者の彼らは善意なのだ。なのに、どんどん生活が苦しくなっていき、まわりに迷惑をかける。その悲しさ。

 

 今の政治家たちはそのカルトの人たちと同じにおいを感じる。言っていることが現実離れしている。だけど立派そうに聞こえるので結構数の人間がついていく。

 

 なぜかそういう人間のフォロワーはかなり攻撃的だ。現実味がないから自分たちのフィクションをそうやって守るしかないのかもしれない。

 

 

 やっとあそこから逃げ出せたのに世間が同じような雰囲気になっている。それでかなり鬱だ。

 

 皆、自分の生活が良くなりそうなところ、負担が減りそうなところに投票してほしい。あなた方はただの一市民で権力者でも経営者でもない(だろう、たぶん)。財源を考えるのは政治家の仕事だ。

 

 勇ましいことを言って「国民の犠牲は当然」という人のメンタリティ。そういう人に関わった人間は使い捨てにされる。

 

 上から目線で夢みたいなことを言う人のことは聞かないでほしい。夢なのだから実現できない。そう言う人はまた別の夢を無責任に語り出す。言うことを聞いた人間は置き去りにされる。

 

 そういう人間は、受かったらたぶん言ったことと関係のないことをやるだろう。

 

 はっきり言えば詐欺なんだよ。アイドルなどのエンタメではそれが許されるのかもしれないが、現実の政治でそれをやられては困る。政治はエンタメではない。皆の生活がかかっていることで遊ぶな。

 

 

 そんなことを思った。今回は真面目だ。

2月3日の日記 DL版では得られないワクワク感と余裕がある

 寒い。身体中が痛い。寒さの影響が体の痛みとなって出る。

 

 これが歳をとったということか。

 

 

 

      夢を見た

 昼。海沿いにいる。何人かといる。家に向かって帰る。

 

 途中で他の皆と別れる。彼らは山を通って帰るらしい。

 

 別の道を行く寂しさと無力感がある。

 

 賑やかな街まで来る。夜になっている。家には着かない。

 

 

 違う夢なのか、親の運転する車に乗っている。住宅街の中にまいば◯けっとができている。

 

 買い物が便利になると親と話す。(終わり)

 

 

 

       思ったこと

 目が覚める。今回の夢も結局家には着かない。でも、家に着いてもこの寄る辺なさは続くのではないか。

 

 自分は子ども時代虐待されて育った。うちの中でもホッとできない。夢はその現れなのだろうか。

 

 

 "虐待"と言うと「大袈裟な」とか、「その程度で」などと言う人が出てくる(虐待する親は大抵そう言う)

 

 昔は自分もそうなのかと思ってしまった。だけどそんな意見を聞いても何の益もないことに気づいた。

 

 「その程度」などと言ってしまったら底が抜けてしまう。自分で自分の苦境を表す言葉を失ってしまう。

 

 それで病んでしまう。それに"その程度"というのはあくまで相手の都合だ。それに合わせてはいけない。

 

 

 

 最近のゲームはDL版ばかりだ。店で買うことは無くなった。あるとしても中古のレトロゲームくらいか。

 

 便利だけど、何か違う。ワクワクしない。なぜだろう。お店で買うパッケージ版とどこが違うのか。

 

 それは映画館で見る映画とサブスクリプションの配信で観る映画の違いに似ているかもしれない。

 

 観る映画と映画館を決めて、電車で映画館に向かい、飲み物などを買う。見終わった後も喫茶店でパンフレットを読んだり、書店に寄って関連書籍を見たり。

 

 映画館にはそういうオマケがたくさんある。ネットではそれがない。便利だが余白がなくて息苦しい。

 

 ネットで観てもそれらをやればいいじゃん、みたいなことなのかもしれないが、リズムが違う。流れで順番に少しずつやるのがいい。そういう生活のしかた。

 

 ゲームにもそれと同じ問題がある。

 

 

 そんなことを久しぶりに映画を観て思った。

 

 観たのは「BlackBoxDiaries」 色々と考えさせられる映画だった。

1月30日の日記 自分の中に自分と関係ないものがいてホッとする

 あちこちで梅が咲いている。もうそんな季節か。

 

 世の中は選挙のニュースで大騒ぎ。そのことと梅が咲いていることがうまくつながらない。

 

 

 

   夢を見た

 大きな家にいる。自宅か。だけど知らない家だ。

 

 いつも通りの不気味な雰囲気。またゾンビものなのかと身構えたが違うらしい。

 

 誰かの葬式なのか、親戚や知らない人たちが集まっている。

 

 電車の事故で来れない人がいると父が言う。

 

 自宅の外に出て裏に回る。縁側から室内に入ろうと引戸を開けたら風呂場で男性が入っていたので慌てて閉める。隣のドアから室内に入る(終わり)

 

 

   思ったこと

 目が覚める。また変な夢だ。知らない自宅、知らない人たち。彼らはどこから来たのか。

 

 出てきた親戚の中には既に故人となっている人もいた。

 

 

 素朴に不思議だ。夢って何だ?

 

 これが無意識ってやつなのか? 自分の中の知らない何か。

 

 ある意味外の世界とつながっているのかもしれない。それが精神分析や占い、修行に使われたりする。

 

 そういう文化がある。ということはたくさんの人がその不思議を感じているのか。

 

 

 自分の中に未知の領域があってよかった。それがなかったら窒息してしまうだろう。特に現代みたいにネットが発達して何でもわかったかのように錯覚させられる時代ではなおさらだ。

 

 

 起きて今日の用事を済ませる。

1月27日の日記 漫画家の訃報を見て。おかしなことが日常になってしまった

 寒さには慣れたが、それに対応するためか身体の負担は増えた。

 

 そういうがわかるのは歳をとったということなのかも。

 

 季節の移ろいとともに生きる。

 

 

 去年の年末、新聞で漫画家の魚喃キリコさんの訃報を知った。

 

 しかも亡くなったのは一年前だという。一年は伏せておいてほしいという意向があったのだろうか。

 

 死因も書いていないし、わからないことだらけ。

 

 

 自分は若い頃彼女の漫画を結構読んでいた。絵から漂ってくる切れるような空気感が好きだった。

 

 作品の中の人たちの生きづらそうで息の詰まるような感じ。あれが90年代だったのかもしれない。

 

 

 彼女の他にも岡崎京子の作品にもそれを感じた。社会の底が抜けて、あると思っていたものが実はなくてどうしていいのかわからない感じ。

 

 痛々しくてヒリヒリと生きている。守ってくれるものがなくなった若者。自由なのか無法地帯なのかわからない。

 

 

 でも、今はそれが当たり前になってしまったようだ。当たり前だからあえて描かれることもない? 今の作品を読んだことないからよくわからないけれど。

 

 ネットが世界中を覆ってしまった世界。世の中がよく見えるけれど何もわからない。

 

 少し前に「まどか☆マギカ」を勧められて観た。その時もうまく言えないが似たような現実感のない絶望を感じた。

 

 

 オウムの地下鉄サリンの後の日本。あのあたりの何とも気持ちの悪い日常。

 

 

 久しぶりにそんなことを思い出した。キツいがそれはとても懐かしかった。

 

 あれからだいぶん時間が経ったけれど、あの頃の問題は何も解決していないのではないか。むしろ悪化している。

 

 いつか明るい未来が来るなんてことはなかったのか。

 

 

 

 おまけ:ブログのタイトルを年月だけにしたら一気にアクセス数が落ちた。いつも一桁で少ないんだけれど、ほぼゼロになって驚いた。題名に他のことも書いた方が良さそう。

1月23日の日記

 ものすごく寒い。寒さのレベルが一段階上がった。

 

 

 

  夢を見た

 大きな道沿いの道の駅に家族といる。

 

 自分は歩いて帰ると父に言って家族と別れる。

 

 道を歩いて駅に着く。駅ではイベントをやっていて、ユニフォームを着たスタッフが忙しそうに動き回っている。

 

 駅の近くの雑居ビルに入る。中は古本屋になっている。最上階から古本を見ながら降りていく。

 

 下の方のフロアはバレエかダンスの教室になっている。自分には縁がないと思う。

 

 外に出て家に帰る(終わり)

 

 

  思ったこと

 目が覚める。今日は学校の夢ではなかった。

 

 ブログで書いてなけれど、昨日は学校(も)出てくる夢で、他の用事もしながら卒業式に出てた。他の出席者も学校は久しぶりらしく、制服がちぐはぐで「カラーがない」などと大騒ぎしていた。

 

 夢がだいぶんゆるくなってきた。

 

 それにしても、カラーなんて言葉何十年ぶりに聞いた。カラーのついた服なんて学ランだけだ。他の人は知らないけれど。

 

 

 

 買い出しに行く。今日の脳内BGMは「詩人オウムの世界」(筋肉少女帯)

 

 変な選曲だな。何でだろ。

 

・・・山上被告の裁判の判決が出た。そのニュースを観たからだ。

 

 無期懲役だという。ネットではそれが妥当だとか厳しすぎるとかさまざまな意見が飛び交っていた。

 

 それらを見てモヤモヤした気分になった。何故だろう。しばらく考えて出てきた感情。

 

 "・・・お前ら、山上被告は奴隷のグラディエイターじゃねえんだぞ。上から目線で他人の罰をあれこれ言ってんじゃねーよ"

 

 

 そういうことだった。人を裁くな。というか彼と我々は同じレベルにいた。こちらは上から裁けるような立場にはいない。他人の事件や裁判はエンタメではない。

 

 自分が宗教2世(別の団体)だから余計そんな気持ちになったのかもしれない。

 

 

 戦争の話もそうだ。何故かあたかも戦争を外側から見ることができるような立場から意見を言う人がいるけれど、実際には食べ物がなくて飢えたり、空襲から逃げまわったり、最悪の場合身内に銃を向けることすらあるかもしれない。

 

 そういう創造力。そういう立場にいると感じること。外側からあれこれ言えるのは前線から遠く離れた権力者か、戦争で儲けている遠くの国だけだ。

 

 

 そんなことを思った。だいぶん冷静になった。それにしても彼はどうなるのだろう。一生刑務所で発言が外に出ることはないのだろうか。

 

 社会の問題は我が事として考えなければいけない。社会の出来事は必ずどこかで自分たちとつながっている。若い頃はそんなこと考えたこともなかった。

 

 

 

 ひたすら歩く。公園で休む。公園では老人が運動をしている。

 

 老人が、と書いたが、自分も半分以上そちら側に行っている。

 

 それに気づいてびっくりした。自分は彼らみたいに運動の習慣もない。

 

 

 ドラッグストアで買い物。いつも驚くこと。店長若すぎ。新卒かよ、と思うくらい。しかも腰が低い。

 

 それを見て思う。彼に比べたら彼くらいの年齢の頃の自分はただの野生児だった。

 

 

 今日は反省して冷静になることばかりだ。買い物を済ませ食事をして帰る。