korenannan’s blog

関東地方某県に住んでいます。日々思ったことを書きます。時々放ったらかしにして期間が空くことがあります

8月10日の日記 結局学校の夢か

 そこまで暑くない。慣れたのか台風のせいなのか。

 

 台風が来たせいで涼しいとかおかしいだろ。空気をかき回してくれたのか。

 

 台風に向かって北の空気が入ってきた?

 

 

 

    夢を見た

 (その1)また学校の夢。大学らしい。必修の授業をどうしようか悩んでいる。もう大学生活も終わりに近いのに。

 

 どうやっても授業内容を理解できそうもない。何とか"かわす"しかないのか?

 

 

 (その2)昔の職場? 自宅の近くでもある。皆で相談してあれこれ段取りを決めている。

 

 心のどこかで、いい加減大学に行け、通信でもいいからとの考えが起きる。

 

 

 (その3)どこかの部屋。数人で喋っている。教授らしき女性が私に質問する。私はわからないなりに一生懸命考える。

 

 これは語感からするとこういう意味では、などなど。教授は楽しそうに聞いている(終わり)

 

 

 

    思ったこと 

 目が覚める。結局学校の夢だ。延々と見ている。それを延々とここに書く私も何なのだ。執着なのか情熱なのか。はたまた惰性か。

 

 読んでいる側は3回くらいで飽きているのではないか。まあ、こちらは飽きずに書く。意味はわからん。

 

 

 (その1)の感想。4年で必修の授業を入れるな。まったく何を考えているんだよ。追い詰められているな。というか余裕がない。理系の学部らしい。

 

 自分は現実でも理系の学部だった。適性は全くなかった。本来は文系の自分の持っている疑問を延々考えるような学部(どんな学部だよ)に行きたかったが、それは何だかチャラチャラしているようでよくない気がした。結果惨敗だったし、結局今もうだうだと当時のことを考えている。

 

 今思えばよくあの学力で留年もせず卒業できたと思う。自分の学部は毎年3割ほどの生徒が留年していた。システムにうまく乗れたということか。でも中身が無さすぎた。何だか皮肉だ。

 

 舐めすぎていたのか。いや、若い頃は逆に徹底的に世の中を舐めて自分のやりたいことをやり尽くすべきだったのではないか。後先のことなど考えなくていい。だいたい何の経験もない若造が考えた後先なんて大したものじゃない。一体誰に忖度したんだよ。というか受験などの制度に同化しすぎて"個"を押し殺していたのではないか。素直すぎたのだろうか。素直はいいことばかりではない。そして時に悲しい。

 

 だけど無理だった。そういう性分だった。性分は一生治らないらしい。だからそれと早く折り合いをつけるべきだった。

 

 結果、こんなおっさんになっても夢でうなされている。早くそういうものを成仏?させろ。今そのプロセスをやっているらしい。青春の供養とでも言うのか。

 

 

 (その2)の夢もその流れだろうか。何かを取り戻そうとしている。何かってなんだ。若いうちに教養というやつを身につけておきたかったな。

 

 

 (その3)ただ楽しかった。何だかよくわからないけれど。

 

 

  結論:一度自分自身の欲求から離れてしまうと軌道修正にほぼ一生かかる。そういうものらしい。あと、かわすことばかり考えているとあとで手痛いしっぺ返しがある。そして何をかわして何に取り組むかを誰かの都合でなく、自分でちゃんと考えないといけない。自分がどうでもいいと思っているものをまわりにやれ、やらなきゃいけないと言われてやってしまうと痛い目に遭う。これはあくまで自分の場合だ。そして"今思えば"の話でもある。本当に難しい。

 

 こんなことをおっさんになってまで考えている。自分の選択の高い授業料。

 

 

 要するに夏なんですかね。

8月7日の日記

 暑さ、というか身体の消耗が激しい。

 

 まさか、運動もしていないのに激しく消耗する時代が来るとは思わなかった。軽くディストピアではないか。

 

 

 買い出しに行く。今日も少し遠出。海のほうに行く。

 

 街を歩く。自分の住んでいるところ(地方の田舎)とは歩いている人の種類が違う。

 

 髪の毛も髭ものび放題の男性。サーファーだろうか。時々仙人みたいな人もいる。

 

 リラックスした服装をしている人が多い。そうかと思えばきっちりした服装でかっちりとメイクをして日傘をさす女性もいる。

 

 みなおしゃれで個性が出ている。

 

 

 ・・・いや、歩いている場合じゃないって。身の危険を感じる。

 

 

 喫茶店に逃げ込む。せっかくの夏なのに出歩けないとか。これって相当悲しい。

 

 これだけ暑いと夏休みの意味が変わってくるのではないか。活動停止期間。

 

 とっとと帰る。めまいが起きる前に帰ろう。栄養と休養。これだけを考える。

 

 

 日傘を買っておいてよかった。見た目よりも身の安全だ。

 

 

 追記:今日正気に帰った瞬間。買い物のレシートの金額を見たとき。

 

 「高っ」となった。暑さでボーッとした頭が怒りでシャキッとした。

 

 

8月2日の日記 同じ夢を見続けることの意味

 暑さに慣れてきた。慣れる余地があることにまず驚いた。

 

 32℃くらいまでならそこそこいける。慣れてもダメージは受けているので注意。

 

 

 少し考えた。自分が学校の夢を延々と見続けることの理由。何年も何十年も見て、というか悩まされている。

 

 校舎内で迷子になる・テストで問題がわからない・卒業できるかどうか、などなど。

 

 

 自分の実人生の学校はどうだったかというと、あまりうまくいっていない。進路を完全に間違えた。それでも何とか卒業できたけれど。

 

 それに勉強した内容を理解できていたとは言い難い状態。カリキュラムの量とスピードにまったくついていけてなかった。でも勉強自体は好きだった。

 

 人間関係にも問題を抱えていた。自分はもっと静かな環境で自分のペースで勉強したかったのだけど、そうもいかなかった。

 

 

 学校を卒業して何十年も経っているのに、いまだに学校の夢に悩まされる。なぜだ。

 

 ずっと疑問に思ってきたけれど、今回理由(の一つ)がわかった気がする。きっかけは「返校」という台湾のホラー映画を観たことだ。(同名のゲームもある)

 

 (ややネタバレ注意)主人公は学校内に閉じ込められ同じ経験を繰り返している。主人公が過去に起こした事件と向き合うことを拒否したためにその現象は起きている。

 

 主人公が自分が起こしたことを思い出し、それを認めたことでそこから解放される。そして生き残った人間がその事件を忘れないことを誓う。

 

 

 そういう内容だった。そうか、そういうことなのか。起きてしまったことはどうすることもできない。ただ起きたことを認めて、忘れないことだ。

 

 どんなにひどい選択でも起きてしまったことはもうどうすることもできない。その選択や行為を認めて忘れないことだ。

 

 過去の自分を忘れない。そういう選択をした当時の自分にちゃんと居場所をあげる。"お前を忘れない"そう誓う。ジャッジメントはいらない。

 

 

 そういうことなのではないか。映画を観ていて「これだ」と思った。これが学校の夢を見続ける理由なのではないか。夢の内容そのものにはあまり意味はなかった。

 

 否定や後悔や判断はいらない。ただ認める。過去の自分のしたことを忘れない。

7月31日の日記 バテながらダラダラと昔を思う

 晴れ。また暑い。ここ数日の涼しさ(からの豪雨)のおかげで一息つけた。

 

 そのおかげで夏の疲れが出ている。まだ8月にすらなっていないのに。

 

 

 買い出しに行く。今日は遠出する。夏は旅だろ。そう言いたいがこの猛暑でそれどころではない。読書の夏も台無し。忍耐の夏だ。

 

 

 たまにはカメラで何か撮ろうかな。昔はそれなりに撮ってブログにあげていなかったけ。少なくとも去年はこの時期結構出かけていたぞ。

 

 そう思って遠出。今日の脳内BGMは・・・、某駅を過ぎた瞬間強制的にサザンになる。昭和生まれのおっさんはDNAにサザンが刻み込まれている。

 

 そうだよな。夏だしな。夏はTUBEという話もある。おっさんの昔話。

 

 ”思い出になってしまえば何でも幸せ”という言葉を噛み締める。それができる歳。

 

 

 郊外の駅で降りる。郊外のほうが人が元気だ。警備員と立ち話をしているおばちゃんがいる。

 

 お店も元気。バイクを売っている店。おばちゃんのファッションの店。そしてファミコンショップ! まだあったのかよ。

 

 こういうのを写真に撮るのではないの? いや、人間や人の営みはあまり撮りたくない。それに自分が見るので忙しい。写真に向いてないな。

 

 郊外のほうがのびのびしている。けれど郊外にはやんちゃ勢もいる。昔大学の同級生がこの辺りに住んでいたが、高校で入学式から数日で全員不良にシメられたという話を聞いた。そしてコンビニのバイトしていたとき駐車場で花火をしていた話も聞いた。今ならネットで炎上する話。

 

 

 

 結局カメラで撮ったのこれくらい。だって面倒くさいんだもの(台無し)

 

 でもカメラのおかげで遠出できたし。”牛に引かれて善光寺参り”みたいなものだろ。

 

 ある種の他力本願。機械に助けてもらっている。

 

 

 そしてマックでこれを書いている。バテ気味。カメラを持ち出すとPCも持ち出さなくてはいけなくて大変。自分のカメラは古いのでBluetoothとか付いてないし。

 

 中古のカメラと中古のノートPCでこれを書いている。これで十分。やや枯れたもののほうが好き。近くの席ではピカピカのマック(PCのほう)で作業している人がいる。やっぱり新しいのは格好いい。

 

 ネットでは最新式を買いまくってそれを動画にしている人もいるけれど、あれは祭りみたいなものだろ。というか仕事か。

 

 

 などなど思う。オーディオも昔のほうが好きでいい音していた、なんて思ってみるけれど、当時は若く耳も良かったし、それにあんな馬鹿でかいアンプに繋いでいたらそりゃいいだろうと思う。決して同じ条件ではない。思い出補正だけの話ではなかった。

 

 

 というようなことをマックでダラダラ考えた。これだけ汗をかくと塩分や糖分が身体に染みる。むしろ身体にいい。というか必要。

 

 キリがないのでこのくらいにする。買い物をして帰る。

 

 リサイクルショップにも寄ろう。ある程度歳をとると昔を思い出すのはリハビリのようなものだ。とてもいい。お世話になっているセラピストも同年代なので昔の話を結構する。

 

 歳を取ると思い出話だけでものすごく楽しい。これはめっちゃくちゃいいことだった。若い頃にはわからなかった。

 

 

 追記:マックを出て駅まで歩くあいだに急にボブ・マーリィの「No woman No cry」が頭の中でかかった。染みた。心が弱っているのだろうか。

 

 この曲もラスタファリアンの知識がなかったらちょっといい感じの曲で終わってしまうだろう。教養や知識は大事だ。やっぱり読書の夏だよ。

 

 学校で習ったことではなくて夏休みに神保町などに行って大量に本を買い込んできて読んだ経験が今になって生きている。

 

 教養は手っ取り早く手に入るものではない。人によって教養の在り方が違うから正解がないし。

 

 

 

  今週のお題「上半期ベスト◯◯」

 

 たまにはお題をやってみよう。上半期ベストささやかな幸せ。

 

 朝、店舗が開くまで時間を潰すために知らない場所のコンビニで缶コーヒーを買って飲んだこと。

 

 自分は知らない場所でなんちゃって地元民になるのが好き。住んでいる人たちを観察するのも好き。

 

 缶コーヒーも思っていたよりずっと美味しかったし。コクがあった。それも意外な発見だった。

 

7月24日の日記

 朝から汗だく。温度計を見るともう30度を越えている。

 

 まだ8時にもなっていない。

 

 

   夢を見た

 大勢の人がいる場所。自分は買い物の途中。

 

 移動する。学校のような商業ビルのような建物。レストランがある。制服姿の学生がいて自分もその中の一人。帰りの会をして解散。

 

 いつのまにか夜になっている。学校の前も大変な混雑。その中の一人に話しかけられる。伝達事項があるらしい。自分は連絡係にされてしまったようだ。

 

 その生徒が突然宗教の話を始めたので、それはやめてくれと言う。

 

 

 学校から離れる。とにかく買い物のことを忘れないようにしないといけない。(終わり)

 

 

 

   思ったこと

 目が覚める。今日の夢は長かった。暑さのせいだろうか。

 

 まさか宗教の話が出てくるとは思わなかった。無意識から現実世界に出かかかっている?

 

 安倍元総理の事件から(もう4年だそうだ)、昔の記憶を思い出すようになった。自分は別団体だけど。あれはかなりキツかった。

 

 ああいうのは自分にとって意味があるように見えて、実はただの底無し沼なのかもしれない。引き込まれ過ぎないようにしないと。

 

 

 

 買い出しに行く。今日の脳内BGMは「君に胸キュン」(YMO)だったが、あまりの暑さで途中から笑点のテーマになった。

 

 何だか合いすぎて笑ってしまった。これでは変なやつだ。

 

 

 出ただけで疲れてしまう。喫茶店で休憩。

 

 紅茶を飲む。何故店員はニコニコとサービスしてくれるのだろう。

 

 仕事だから、お金を払ってくれるから、という答えもあるがそれでもやっぱり不思議だと思う。

 

 

 そんなことを考えながら休んだ。しっかりと休めた。

 

 

 買い物をして帰る。ダメージが蓄積する前に素早く帰る。