雨。雨が降るとどこかで大雨になる。
それをニュースで大々的に報じられる。
確かに必要なことかもしれないが、大騒ぎされない静かな環境もほしい。
ズボンのボタンが取れかかっている。自分でつけようと裁縫セットを取り出した。
・・・いつの間にかものすごく視力が落ちている。針の穴がよく見えない。糸を通せない。
どうしたものか。糸を針の穴に通せる道具を買いに行く。
手芸洋品店に来た。こういう場所は滅多に来ないので勝手がわからない。道具はすぐに見つかった。なに、二千円だと? (たぶん)一回しか使わないものにそんな値段は出せない。
店内を探す。そんな立派な道具でなくても菱形の細い針金のようなものを針の穴に通すやつがあった。価格は百円もしない。
これで十分だろ。(こういうものを見るとこんな値段で商売になるのかといつも思う。でもなっているからあるのだろう)
ついでに店内を見て歩く。何に使うのかよくわからない道具や材料がたくさんある。専門性の高いものばかりだ。
あるコーナーでふと目に止まる。シルバニアファミリーがある。これっておもちゃだよな。なんで手芸洋品店にあるんだ。しかも隅の方にひっそりではなく、センターに堂々と置かれている。
「君たちはここで何をしているのかね?」 そんな気分だ。(真面目か)
でも思い出してみると、こういうお店には手芸用品以外にもあれこれあった気がする。大きい店舗なら尚更だろう。
画材や文房具、鉄道模型やパズルなど。そういう一人で黙々とやる(ことが多い)趣味のものがたくさんあった記憶。これもそうなのだろうか。
最近の手芸洋品店はコスプレのための材料とかをたくさん売っていて、かなり派手な印象だったけれど、本来はこういう地味な(一人の世界の)お店だったのかも。
そんなことを思った。
子どもの頃一人でレゴブロックで黙々と遊んだり、河原で石を使ってお話を作って遊んでいたことを思い出した。もしかしてああいうのは、子どもだけでなく大人にも必要なのかもしれないな。
帰る。何だかものすごく疲れたので、駅のベンチで休む。ついでにコンビニで買ったハイボールを飲む(おい)
こういうことを恥ずかしげもなくできるようになったんだな。自分でも少しあきれた。
自宅は騒々しくて落ち着いて飲めない。お店もそうだ。(だからって駅で飲むの?)
この駅は海の近くで開放感がある。緑も多くてリラックスできる。港から何かが作動する音が聞こえてくる。飲みながらそういうものと一体になった。
こういうのを時間の蕩尽というのかもしれない。とても贅沢で大事な時間。
公園でチューハイなどを飲んでいるおっさんが時々いるけれど、そういう人はたいてい蔑んだような目で見られることが多い気がする。(気がするだけで皆他人にそんなに興味はないのかもしれないけれど)
自分の場合そういう冷たい視線は感じなかった。どちらかというと"おやおや"みたいな感じだった。(これもただ"気がする"という話かもしれないが)
その理由はここが基地の街だからではないかと思う。基地周りではそういうものに比較的寛容なのではないか。おっさん文化というかおっさんの挙動。男だらけの環境。(あるいは皆"大人"なのかもしれないな)
飲み終えてしばらくボーッとしてから帰宅した。思ったよりずっといい時間だった。
そんなことを考えた。
やっぱり一人の充実した時間は絶対に必要じゃないか。
帰宅してボタンをつける。買ってきた道具で簡単に糸が通った。この道具思ったよりずっと便利だ。
何十年も前に習ったことなのに、ボタンのつけかたは覚えている。糸の結びかたもだ。
不思議なものだな。受験勉強の内容は忘れても、覚えた技術は忘れない。