曇り。
朝晩の寒暖差が大きい。
新茶の季節。新茶はいれるのが難しい。
夢を見た
体育館のような建物の中にいる。訓練を受けている。乗馬と拳銃の訓練。
教官に言われたとおりにできないが、教官は何も言わない。なぜか拳銃と一緒にライトの操作をしなければならない。訓練の道具か。
訓練が終了する。古本市が建物の中であった。なぜか外国の児童書ばかりだ。(終わり)
思ったこと(暗く重い話)
目が覚める。落ちこぼれって感じ。そういう文学作品みたいだ。
また昔のことを思い出す。
父に母と母が入信している教団に物理的・精神的な暴力を振るわれていることを言ったことがある。
父は家族をかばうどころか教団にゴマすり始めた。信者にやたら親切にするためかえって信者がうちに来るようになった。
(今思い出してみると、父がなにかすると必ずトラブルが起き、父はそのしりぬぐいを自分でせずにまわりの家族にさせている。どういうことなんだ)
どういうことなのかわからないが父、母、教団の思惑が一致したらしく私は”存在しない”ということになったらしい。ただ何も考えていないだけなのかもしれない。
父と母は当然のように教団の話をするし、信者が来ると私は部屋に押し込められた。ただ、信者が来るときは母が神経質になって私を怒鳴りつけたりするのでだいたいわかった。そういう時には自主的に避難した。
完全に孤立して消耗戦といった感じになった。主治医とセラピストだけが外部とのつながりだった。
それ以外の時間は具合が悪化したこともあって部屋のPCでソリティアをやっていた。
(このソリティアをやる、というアイデアはとある漫画家(桜玉吉氏)が作品の中で具合の悪い時にやっていたのを思い出したからだ)
最初はつらかったが黙々とカードをめくっているのは大変楽でそれで何とかやり過ごせた。あとは寝ていた。そうして心身の消耗を抑えた。
今そのことを思い出してみて:
- こういう状態のときには考えてはいけない。こんなんじゃ生きていても仕方ないよな、なんて思ってしまったら具合の悪いのもあってそれが圧倒的な説得力を持ってしまって危険だ。自分を100%受け入れる、というよりもやっていることに集中して考えないことが大事。
- 食事や睡眠以外のことは気にしない。人間としてよりも動物として生き残ることに専念する。
今これを書いていて思ったけれど、自分や他人を評価するというのは大変残酷で下品なことだった。用もないのにしてはいけない。人間を追い詰めることになる。理屈で死ぬわけにはいかない。
誰かの役に立つかわかりませんが思い出したので書いてみました。
今もそんなに状況は変わっていませんが少なくとも思い出して書くことはできるようになりました。