寒いがこのくらいの気温のほうが気分はいい。
身体はだるいけれど。
買い出しに行く。ついでにコロナのワクチンを打ってしまう。
オミクロン株対応のやつ。
コロナはもう収束してきているように思われるが、うっかりかかってしまい家族に迷惑をかけるのは困る。
東京の大規模接種会場に行く。駅からは送迎バスが出ていて楽だ。
こういうの本当に助かる。ネットなどでは政府のことはたくさん批判されているけれど、実生活の大部分は問題なく機能しているのだと思う。
会場に着く。受付のテントもなくなって、だいぶんコンパクトになっている。
混雑もほとんどない。ネットでの予約もガラガラだった。
待っている間にまた考える。家庭内の問題。
仕方ないとはいえ、家族に逆らわなければいけないシチュエーションは本当に辛い。
そんな状況になっていること自体が辛い。
教団の人たちはそんな状況すら利用している気がする。そう思ったが、実際は彼らは自分たちのしていること全体に責任を持つ気がないだけだ。
おいしいとこだけ持っていってしまう。それ以外のことは全く知らんぷりだ。
それで親切にしている風でも揉め事が起きて迷惑をかけるのではないか。
そんな風に思った。全く暗い話だ。でもこれが自分のやりかた・在りかただった。一つのことを根詰めて考えるというやりかた。これは頭がいいとか悪いとかの話ではなさそう。
いかに暗かろうと、自分の在りかたから離れないほうが結果的にうまくいく。ちゃんと物事が積み上がる。
自分のやりかたでやる。でも、その事自体は幸せを必ずしも保証するものではない。悲しいことだが。
おかしいと思ったをことをおかしいと言ったら、母や母の入信している教団に酷い目に遭わされた。もっとも彼らは"いいこと"をしているつもりなのだろう。
自分の生き方を貫くことで、軋轢が生じる可能性。だけどこっちは教団の彼らみたいに、ニコニコして感じのいいことを言っているわけにはいかない。
こっちは当事者で責任がある。ここで生活している。都合が悪いからってさっさといなくなるわけにはいかない。
だから読んでいて面白いかどうかわからないけれど、こういうのを書き続けるしかない。
そんなことを考えているうちに、あっという間に接種は終わった。30分くらいの話だ。
駅に徒歩で戻る。雨なので地下街を通る。
久しぶりのことで迷子気味になる。東京ダンジョンといった感じだ。
いつもならある程度当たりをつけて移動できるのだが、今日はそれができない。
通路を通ると人が多くてザワザワ、また次の通路で人が多くてザワザワ。全くとりとめがない。
具合が悪いのか、東京のことを忘れてしまったのか。全体のことを考えられない。その場の印象のみだ。
まるでゾンビゲームの中にいるみたい。
帰りの電車はやたら揺れたように感じた。
これらはワクチンの副反応だろうか。