更に気温が下がっている。
自律神経がイカれ気味。
夢を見た
住宅地にいる。
路地の突き当りマニア?の男性と一緒にいる。
彼は髪を茶色に染めていてピンクっぽい色の服を着ている。
一つの路地を突き当たりから突き当りまで歩く。突き当りにはガードレールがある。
日当たりの良い場所よりも暗がりのほうがいい写真が撮れる、と彼は言う。
歩く。線路沿いの道に出て、次の駅まで。
彼は坂も好きらしい。左手の住宅地は坂になっている。
彼にそう言うが、彼は無視する。にぎやかな駅前とかでないとだめらしい。
何だか面倒。次の駅に向かう道も坂になっているが、これも嫌らしい。わけがわからない。
駅前までやってくる。こちら側は裏駅のほうだ。割と静かな側。
とは言っても結構栄えている。むしろ裏駅のほうが開発の余地があるせいか、駅前に立派な建物がある。
駅のロータリーではピアノを弾いている人がいる。駅前でチラシを配っている女性が拍手をしている。
ロータリーの反対側のビルに入る。雑貨屋のようだ。
店内の廊下には大きなポテトチップスの袋が山積みになっている。一袋買う。
それを両親が興味なさそうに見ている。(終わり)
思ったこと
目が覚める。路地の突き当りマニアって何だよ。
動画サイト(U-NEXT)でドラマ(*)を観る。
*:「THE LAST OF US」(HBO)
たくさんの受賞歴がある有名ゲームをドラマ化したものだ。人類が菌に感染して文明が崩壊したあとの世界の話。
まだ第一話だけしか観ていない。第一話ではまだ事件が起きる前の世界から始まる。
とある家族の日常。女の子が学校に通うシーン。
(この子は主人公の娘なのだが1話目で退場する。父親である主人公はそのわだかまりを最後まで抱えて生きることになる)
ドラマのほうがゲームよりも時間をかけて彼女の生活を描写している。
家庭にも(父子家庭)住んでいる地域の住民(超高齢化・老老介護)にも問題がありそうだが、それなりに平穏に暮らしている。
このまま彼女の成長や家族の問題でも扱うのではないか、というくらいの勢いだ。
そこへパンデミック?が襲いかかる。一気にパニック映画になる。
主人公一家は逃げる途中で兵士に撃たれる。そのことで娘は亡くなる。
物語は一気に20年後の世界になる。文明崩壊後の世界。主人公はある少女を届ける任務を受ける。そこで第一話が終わる。
おおかたゲーム通りの内容。気になったのは最近よくある話だが、登場人物の人種が一部変更になっていることだ。
これは制作され、物語の舞台にもなっている、アメリカの現実を反映させたものだろうか。人口に対する人種の比率の変化を反映させた?
公平というか力関係の変化?
日本人の自分は今ひとつピンとこない。日本でだったら作品に中国・韓国・台湾や東南アジアの人たちを出すということか。
(物語の中で人種・社会問題をちゃんと描写するのも最近の傾向だと思う。物語に要素が増えて見づらい、説明的すぎる、という気もする。だけどこういう問題があるということを誰かが言わなければいけないとも思うので、いいことなのだろう)
あと気になったのは、こういう文明崩壊後の世界(ポストアポカリプスもの?)を書く作品がやたら多いということだ。
作家の直感でこういう世界が来る、と感じ取っているのか。
食料と燃料、素材の圧倒的な不足。
日本が突然コウロギを食料にしようと言い出したのも、食糧不足のおそれがリアルに出てきたせいか。
それにしても何故コウロギ。コウロギの餌はどうするのだろうか。その餌を人間が食べたほうがいいのでは。タンパク質の問題?
それにトラウマ持ちの人間としては出てくる人間がボロボロなのも気になる。
文明崩壊前の登場人物も戦場帰りだったり(だからパンデミックの騒ぎを生き残れたということもありそう)、崩壊後の人間も荒みきっている。
それで思う。このレベルのトラブルが起きたら、(このドラマがそうであるように)何世代に渡ってそのダメージが続くことになる。
ということは第二次世界大戦という、とんでもないイベントのダメージはまだ残っているのではないか。
そんな気がする。うちの親の話を聞いてもそう思う。家族の問題を何世代も引きずっている。
もちろんどのレベルで戦争を経験したかによると思う。
前線で戦った人たち。空襲にあった人たち。軽井沢や箱根に避難できた人たち。
そして帰還兵の家族。ベトナム帰りがあれだけ問題になっているなら、それよりもずっと大きなイベントではなおさらだろう。
そしてそのイベントでは日本人も当事者だ。当然でかい問題は起きているはず。そして今もそれをある程度引きずっているだろう。
こんなこと考えてもみなかった。
そんなことを思った。
これドラマの感想ではないような。