晴れ。花粉が猛威を振るっている。
薬を飲んでもかなり症状がつらい。
だるさが薬のせいなのか花粉症のせいなのか今一つはっきりしない。
昔具合がものすごく悪かった時もこんな感じだった。
症状なのか薬の副作用なのか環境が原因のストレスなのか。
すべてが混ざっていた。
思ったこと
前回のブログにも書きましたが戦争関係の本を読み漁っています。
そうするとなぜか自身に起きた出来事の整理ができる。
今読んでいるのは「丸刈りにされた女たち 『ドイツ兵の恋人』の戦後を辿る旅」(藤森晶子・著 岩波現代新書)です。本のチョイスに特に意味はない。
第二次世界大戦後のフランスでドイツに協力した(とされる)女性たちが広場に引き出されて丸刈りにされている。
それを読んで私が勝手に思ったことは、(やっていることには意味はない、ただやっている側がスッキリしたいからやっているだけ)ということ。
それにくらべてやられた側の背負わされる重荷が大きすぎる。こんな目に合うのならもっとはっきりとした”立派な”理由があっていいのでは? 被害者はそのギャップに苦しめられることになる。
アウシュビッツ関係の本を読んだ時も思ったけれど、起きたことの悲惨さに比べてやった側の動機が軽すぎる。
それに相手は一人ではないので責任の所在があいまいになる。誰を責めていいのかわからない。敵は誰なのか。
あと気づいたことはやった側は負けない限り自分の罪を自覚することはない、ということ。悲しいことだけど。
昔好きだったマルグリット・デュラスもこの丸刈りにされた女性について小説で書いていた。(「ヒロシマ・モナムール」)
デュラスの若いころやロバート・キャパのポートレートのあの夢見るような笑顔は何なのだろう。昔から不思議に思っていた。悲しいものを見すぎたのだろうか。