晴れ時々曇り。やや蒸し暑い。
ここのところ突然猛暑日が戻ってきたりかなり厳しい天候が続いている。
だが勝手に天候を人格化して悪意を感じるのはやめたほうがいいと思いなおす。
ただでさえ暑いのに疲れる。暑い、冷房を入れる。でいいや。
夢を見た
ゲームの夢。ゾンビものだ。かなりリアル。ゲームの夢でリアルというのも変だが。施設の中をゾンビが徘徊している。厄介な状況。一体こちらに気づいて走ってきて慌てる。(終わり)
目が覚める。ゲームでゾンビが出てきて面倒ってどういうことだろう。ゲームなんだから楽しめばいい。そもそもゾンビがいるというシチュエーションに驚け。お化け屋敷に行ってめんどくさいというようなものだな。動機が変だ。私は行かないけど。
なぜか、映画”となりのトトロ”の「夢だけど、夢じゃなかった」というセリフが思い出され、ゾンビの夢でそれは地獄だ、と思う。暑くて脳みそがゆだっているな。
思ったこと
買い出しに行く。歩きたいが、この暑さでは危険だ。秋まで待つ。スーパーではもう栗が出ている。
本屋に行く。コロナのご時世なのでほしい本だけ買ってさっさと帰る。本当はあれこれ見てみたい。目的のものだけ目指していくのではなくて、もう少し緩く視野を広めに持って店内を歩きたい。
そうすると意外な発見がある。昆虫採集みたいだ。まあいいものばかり出会うわけではないけど。昆虫採集で山に入ったってヒルの大群に出くわしたり蛇と目が合ったりといろいろあると思う。
昔赤瀬川源平という作家が好きでよく読んでいたけれど(「超芸術トマソン」など)、改めて思い出してみると都市の面白いものを見つけてそれをある思想?にまとめて本にするなんて本当に不思議な人だな、と思う。いったいどうなっているんだ。
そんなことを思いながら帰路につく。目的に向かって一直線は無理だ。というか寄り道が目的みたいなものか。
今週のお題「サボる」
いやいや、サボらないとダメだって。今の時代頑張れ・ちゃんとやれ、という人間やシステムは大量にあるけれど、サボれと言ってくれる人は貴重で絶滅危惧種だ。(サボることを含んだシステムを誰か作ってくれないだろうか)
上で書いたこととリンクするかもしれないけれど、自分にとっては寄り道のほうが大事だった。若いころはそれに気づかずに目的に一直線に進もうとして盛大にずっこけた。今当時のことを思い返してみると、学校やまわりの環境が嫌で嫌でたまらなかったので、はやく終わらせたかったのだと思う。
生き急ぐ努力。努力の動機がめちゃくちゃだった。急いでどうにか走り抜けても、自分がどういう人間で何をしたいのかに気づかない限りは状況は変わらない。気づくには余裕や暇が必要だった。
それにダラダラしたりどうでもいいことを話すことが後になってとても貴重な思い出になるなんて若いころには考えたこともなかった。