晴れ。空気は冷たいが日が暖かい。
顔を洗う。水が痛いレベルに冷たい。お湯にする。こんなことは久しぶりだ。
山で流れている水に手を突っ込んだときみたいになっている。
山か。どこの記憶だろう。上高地か。信州にはもう何十年も行っていない。最後に行ったのは大学時代か。
夢を見た
大きめの家の中にいる。ここに泊まるようだ。
夜になる。家の中を探索する。いつのまにかゾンビものになる。
武器を探して歩き回る。私の他に2名いる。最上階で武器を見つける。1人が天窓から脱出する。残った2名で武器を使って進む。
そうこうしているうちに朝になる。リビングに行くと業者と家族がいる。知らない人間だ。いつのまにかこの家は売られていて、我々は"なかったこと"にされているらしい。なぜかそのことに対して抗議する資格がない気がする。
外に出る。外は何事もなかったかのようなのどかな日常。
通りの向こうからふらふらと歩いてくる人たちがいる。よく見るとゾンビだった。
置いてあるゴミ箱からもゾンビが出てくる。そのことに対してまわりの人たちは危機感がないようなので警告する。
さっきの2人で逃げる。だが相方がことあるごとに足を引っ張ってくる。
高いフェンスを乗り越える。
相方がゾンビに襲われている。邪魔してくるし一緒に撃ってしまおうか。(終わり)
思ったこと
目が覚める。酷い夢だった。時間経過とともにゾンビものやホラーっぽくなっていくのやめてくれ。
この夢は絶対にゲームや読んだ本が影響している。それと自身の体験が絡まりあってできている。
夢は情報を処理するために見るという。最近読んでいる本が自分にとってそれだけ強烈だということか。
強烈すぎて少しずつしか読めない。感情の整理をしないと進むことができないということか。
感情の整理も理解することに含まれる? だったら時間をかけてやらなければいけない。理性だけでなく感情も自分だった。
大量に想いや感情が出てくるのがいい本なのかもしれないな。
夢の中に出てきた"普通の"人々。彼らは彼らの日常を生きている。私も私の日常を生きている。
そしてその日常を誰もが乱されたくない。
私のきつい体験を話すことは彼らの日常を乱すことになっているのではないか。
自身の経験からいってもこれまで話してもあまりに無視されたり、聞き流されることが多かった。ケアの現場にいる人ですらそうだ。
つらい経験というのは、話すほうも聞くほうもつらい。だから話すほうは日常を引っかきまわさないように整理して話さなければいけないのかも。
こちらとあちらの"距離"が遠いほどその努力が必要になる。ケアが必要な人間ほどその努力が必要になる。
自分の日常と相手の日常を乱さないように話す。そうやって伝える。
そんな風に思った。そこまで整理できるのに、どれだけの困難があったかと、しみじみと感じた。