korenannan’s blog

関東地方某県に住んでいます。日々思ったことを書きます。時々放ったらかしにして期間が空くことがあります

他人には頼れないほどでかい問題。

 雨。

 

 台風が接近している。こっちに向かってくるなんて、まるで秋のルート。

 

 太平洋高気圧が強くて猛暑ではなかったのか?

 

 なぜこういう時だけ引っ込む?

 

 

 

     夢を見た

 (その1)明け方。まだ暗い。4時半ごろ。

 

 出掛けるためにバス停まで歩いている。

 

 朝まだ早く、バスの本数が少ないのでいくつかバス停を歩こうと思う。

 

 途中でマスクをしていないことに気づき、雑貨屋に入る。

 

 こんなに朝早いのに営業している。お客も何人かいる。布マスクしかないので買わずに出る。

 

 さらに歩く。路線バス同士が正面衝突する現場に遭遇する。これではバスはしばらく来ないかな。

 

 コンビニに入る。ものを落としたようだ。後ろの男性が教えてくれた。でも、これ自分のものだろうか、よくわからない。(終わり)

 

 

 (その2)どこかの丘の上に数名といる。何かのゲーム的なイベントらしい。かくれんぼかお化け屋敷か。

 

 他のパーティがきて状況を教えてくれる。こっちに敵が接近しているらしい。

 

 移動することにする。

 

 地方のビジネスホテルのような建物に入り待機する。

 

 部屋の外が騒がしい。「敵」が侵入してきたようだ。

 

 部屋の中で「敵」と遭遇する。ゾンビらしいんだけど、どう見ても昔の知り合いの男性だ。ゾンビらしいメイクもしていない。完全に普段着だ。

 

 捕まりそうになったのでバルコニーに逃げる。

 

 「まだ。捕まるわけにはいかない」と言ってバルコニーから飛ぶ。

 

 当たり前のように空を飛んでいる。

 

 (こっちのほうがよっぽど化け物じゃねーか)と内心思う。

 

 木々の間を抜け、空き地に降り立つ。

 

 「他人の私有地に降りないでください」と他のパーティの人間に言われる。

 

 そりゃそうだな、と思うが、飛んでいること自体は何とも思わないの? と混乱する。

 

 とりあえず、元のパーティメンバーと合流することにする。坂を上る。(終わり)

 

 

    思ったこと

 目が覚める。ひどく現実味のない夢だ。洋風のバイオハザードと和風のSIRENなどの影響を受けた夢か。

 

 夏だからこんな夢を見るのか。夏は各地で子ども向けのイベントが盛りだくさんだろう。行ったことないけど。子どもの頃からインドア派だし。

 

 

 

 買い出しに行く。大雨なのでレインウェアを来ていく。このウェアを着るのは久しぶりだ。

 

 昔外での仕事をしていたときに来ていたものだ。あの時は大雨だろうと台風だろうと外で働いていた。

 

 夏でも濡れると風邪をひき、命の危険があるということを知った。身体が弱く喘息持ちだったせいでもあるけど。

 

 もうあんなきつい仕事はできない。

 

 

 ジェラートを食べる。外でコーヒーを飲んだり、デザートを食べると外に出た、という実感が出る。いい気分転換になる。

 

 電車が止まりそうなのですぐに帰ることにする。

 

 

 

 また考える。例の事件。ここのところずっとそうだ。

 

 テレビで例の団体が安倍元総理の追悼しているニュースを流していた。各国のお偉いさんも出席していた。あのお騒がせ元大統領もだ。

 

 当然のようにやっている。いくら事件の原因のいくらかが自分たちにあろうがお構いなしだ。

 

 それを観ていてこりゃダメだ、と思った。

 

 岸田のおっさんになんとかできるレベルかどうかも怪しい。そもそも彼らは事件の全貌をつかんでいるのだろうか。それ以前にその気があるのか。

 

 

 自分の母親が入信している団体もあんな感じなのだろうか。全く別の団体だがそれなりの規模だ。これまでこの問題もかなり書いた。

 

 子どもの頃から関わらされてきて、ボロボロになり、通院したりセラピーを受けたりしてきた。

 

 その中で常に誰かが何とかしてくれるのでは、という思いがあったが、そんなわけでもなさそうだ。この事件でその思いがさらにはっきりとした。

 

 

 他の国に比べて日本の社会は他人に対して無関心のようだ。ある程度のところまではかなり親切だが、そのラインを越えると全く無関心になる。

 

 理由はわからない。この性質のせいであるレベルを越える大きなトラブルが起きると、全く対処できなくなる。

 

 昔通院していた病院で、海外で教育を受けたスタッフから「日本の精神医学は20~30年遅れている」と聞いたことがある。これはこういうことだったのかもしれない。

 

 あるレベルを越えた大きく複雑な問題になると、そもそも問題を認識できなくなるということだろうか。

 

 認識できないから対処もできない。

 

 これまでカウンセラーや病院にかかって思った感想をまとめるとこういうことだった。

 

 冷たく無関心なのではなく、何のことだかわからないのかもしれない。

 

 お人好しなのか愚かなのか。けっしてけなしているわけではないです。

 

 他人の事件だが、そのおかげで自身の経験を言葉にすることができた。

 

 

 なるほど、他人に何とかしてもらおうとするのは難しいようだ。

 

 自分1人で立つしかないのか。既にボロボロなのにきついな。

 

 

 あと思ったことは、元大統領クラスの人間になっても、人間の愚かさはなくならない、ということだ。当たり前のことのようだけれど、実感としてそれがわかった。

 

 そういう面からも他人には頼れない。そういうことだ。

 

 

 とは言っても、いくらテレビで大々的にやっているとはいえ(いい宣伝になってしまっている。オウムの時もそうだった)、そういう人たちは、人口の1%もいない。そこに注意を留めておかないといけない。

 

 まあ、その1%の人間が一般市民なのか、アメリカ大統領クラスの人間なのかでだいぶん力関係が変わってくるけれども。

 

 でも、人間みな愚か、ということなら一般市民も大統領も変わらないよ。むしろ誰か大統領に意見してやれよ。

 

 

 

 宗教にしろ何にしろ、真面目で文句言わないと食い物にされるだけか。特に日本人の性質は食い物にされやすい。そんな気がする。

 

 

 

 そう思った。何だか偉そうだ。でもだいぶん整理できた。もう偉そうとか、気にしている場合じゃない感じがする。